大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和32年(行)6号 判決

原告 菱田進一 外一名

被告 松尾吾策

主文

原告らの請求は、これを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は岐阜市に対し、金二四、九三七、八六〇円及びこれに対する昭和三二年八月二七日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告菱田進一は、昭和一六年から、岐阜市内に居住する同市の住民、原告大橋商会は、同年創立にかかる株式会社で、同市内に本店を置くもの、被告は、昭和二〇年二月二八日以降前同市市長訴外東前豊の後任として同市市長の職にあるほか、昭和二五年六月七日から昭和二九年六月六日まで、当時同市市長であつた右東をたすけて、同市助役の職にあつたものである。

二、同市の前市長であつた右東は、同市の将来の発展を期し、あわせて同市の税源を確保する目的から、工場を誘致しようと企て、昭和二五年一二月二八日訴外三菱レーヨン株式会社と交渉し、同訴外会社が、同市内に保有していた岐阜毛糸工場を更に増設させることに成功したが、その際この増設分に対する固定資産税をむこう一〇ケ月間免除する旨の契約を締結したところ、同訴外会社は昭和二六年中にこの増設工事を完了した。そこで右東は、この契約に従い、同訴外会社の右増設分に対する固定資産税について、昭和二七年度分から賦課処分をすることなく免除してきた。(以下これを単に本件免税措置と略称する。)

三、しかし、地方公共団体が、特定の人に地方税の免除をしようとするときは、地方税法第三条に規定するとおり、そのための条例を制定するの必要とするほか、さらに課税免除のできる範囲も、同法第六条によつて、一般的な制約を受けているのである。それにもかかわらず、右東前市長は、当時岐阜市条例に何らその根拠がなかつたのみならず、さらに右訴外会社が同法第六条所定の要件を具備するものでもなかつたのに、前記二のような本件免税措置をとつたのである。従つて、これは、明らかに地方自治法第二四三条の二第一項所定の違法な契約の締結、履行ないしは違法な業務の負担行為に該当するものというべきである。

四、そして、右東前市長が前記二の免税措置によつて、実際に免除した固定資産税は、昭和二七、八両年度分だけでも、総額二四、九三七、八六〇円にのぼるうえ、これらは、ことごとく地方税法第一四条により、いまや徴収不能に帰したもので、結局、岐阜市は、現在、確定的に右と同額の損害を本件免税措置によつて蒙つたものというべきである。

五の(イ) ところで、被告は、前記のように、本件免税措置のとられた当時、岐阜市助役の職にあつたものであるから、その職責上当然に、右東前市長のとつた違法な本件免税措置の事前防止あるいは事後取消につき、同人に助言を与える等、適宜の措置をとるべきであつたのに何らの適当な措置もとらなかつたのであるが、これは、被告が、いたずらに事態を放置していたものであるか、そうでなければ、自己の重大な過失によつて右東前市長の本件免税措置について関知するところがなかつたことによるものというべきである。従つて、被告は、本件免税措置について、当時の岐阜市助役として、地方自治法第二四三条の二第四項所定の当該職員にあたるものというべく同条項所定の損害補てんの責任は、これを免れることができないものというべきである。

五の(ロ) かりに、被告が本件免税措置当時の岐阜市助役として、右五の(イ)のような責任を負担しないものとしても、被告は、前記一、のように、昭和三〇年二月二八日、東前市長の後任として岐阜市長に就任し、以来その職にあるものであるから、市長就任後すみやかに右東前市長のとつた本件免税措置を取り消し、前記訴外会社に対する右増設分の固定資産税のうち、昭和二七、八両年度分については、賦課徴収の手続をすべきであつたのに、(当時、かかる措置は法律上適法有効にとりえた。)事態をそのままに放置し、ついに、地方税法第一四条によつて、これが徴収を全く不可能ならしめ、岐阜市に対し前記四、の損害を蒙らしめた。このことは、被告が、市長として違法な前記二、の契約を履行し、これによつて、同市に損害を加えたことにほかならないから、被告は、これについて地方自治法第二四三条の二第四項所定の当該職員にあたるものというべく、同条項所定の損害捕てんの責任は、これを免れることができないものというべきである。

六、なお、原告らは、昭和三二年七月一五日、岐阜市監査委員に対し同市が受けた右の損害を被告に補てんさせるための適切な措置を講ずることを請求したのであるが、同委員は、これをいれなかつたから、被告が同市に対し、前記損害額二四、九三七、八六〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三二年八月二七日から完済に至るまで、年五分の割合による法定遅延損害金を支払うよう、本訴の請求に及んだ次第である。」と述べたうえ、被告の本案前の主張、本案に関する抗争は、いずれもその理由がないとした。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「原告らの本件訴を却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、その理由を

「原告らは、本訴提起にさきだち、地方自治法第二四三条の二第二項に基づき、岐阜市監査委員に対し、本件免税措置について、その監査方を請求したのであるが、このとき、原告らが、この措置をもつて違法であるとし、その監査を求めた理由は、これが、地方税法第六条の定めるような地方税免税措置を受くべき適格をもたないものに対する免税措置であるというにあつたのであるが本訴においては、以上とは全く別個の理由で、本件免税措置の違法な所以を主張しているのであるから、結局、本訴は、その前置要件である監査請求が欠けていることに帰着し、不適法として、却下せらるべきものである。

さらに、被告が、本件に関し、後記一、に主張するところは、同時に本件訴につき、被告が被告としての当事者適格をもたないことを示すものであるから、この意味においても本件訴は却下さるべきである。」

と述べ、本案の申立として、主文どおりの判決を求め、「原告らの主張事実のうち、一、二の各事実三の事実中、本件免税措置当時、これに関する条例がなかつたこと、四の事実中、昭和二七、八両年度分の免税分が法律上徴収不能であること(なお昭和二七年度分の免税額は、一一、九一六、四〇〇円である。)は認めるが、その余の主張は、その理由がない。」と述べたほか、さらに

「一、原告ら主張のとおり、被告は、昭和二五年六月七日から、昭和二九年六月六日まで、岐阜市助役の職にあつて、当時同市長であつた前記東の職務執行を補佐していたに過ぎなかつたものであるから、その頃、行われた本件免税措置は、全く、自己の職務権限の範囲外の事項であつたものであり、また、右東前市長の後任として、同市市長の職務を承継したのは、昭和三〇年二月二八日であつて、当時、本件免税措置は、すでに、右東前市長によつて、ことごとくとられておつたし、(かりに、被告が、この免税措置をこれが違法不当または無権限の措置であつたことを認職しながら漫然、是正、取消等の措置を講ずることもなく事態をそのままに放置していたとしても)そもそも、前任者によつて一旦なされた本件のような措置を、後任者がみだりに取消ないし変更することは許されないところでもある。従つて、被告は、本件免税措置について、地方自治法第二四三条の二第四項にいわゆる当該職員には該当しないものというべきである。

二、のみならず、かりに右東前市長がした本件免税措置について、被告が当時の助役として、これによる損害の補てん責任を負担しなければならないか、または、被告が市長就任後、これが是正、取消等の措置を法律上有効に講じ後られ、かつ、講ずべき職務上の義務を負担したものとしても、昭和三二年四月施行の岐阜市工場誘致促進のための固定資産税課税免除に関する条例によつて、本件免税措置についての手続上のかしは完全に治癒されたのであるから、これによつて、被告は、これに関する一切の責任を免れるに至つたものである。」

と抗争した。(立証省略)

理由

(一)  被告の本案前の主張に対する判断

成立に争のない甲第四号証の一及び同第五号証によると、原告らは本件免税措置の違法なことを理由に、地方自治法第二四三条の二第一項に従い、昭和三二年七月一五日、岐阜市監査委員に対し、同委員が、本件免税措置の継続を禁止し、あわせて、本件免税措置によつて、岐阜市が受けた損害を被告に補てんさせるための適切な措置をただちに講ずるよう請求したのであるが、同委員長屋郁郎外三名は、同月二五日この請求を、前記条項に定める監査請求事項にあたらない事項を目的とするから、不適法であるとして却下したものであること、並びに原告らが、右請求において、本件免税措置が違法であると主張した理由は、第一に、この措置が、地方税法第六条に定めるような地方税の免除措置を受けるべき適格をもたないものに対する免税措置であつたこと、第二に、被告は、同法第三条に基づき、昭和三二年四月一日施行にかかる岐阜市条例によつて、昭和二七、八両年度分に関する本件免税措置の遡及的適法化を策したのであるが、これは許されないところで、依然本件免税措置は条例に根拠をもたない違法なものであるというにあつたものであることが認められる。ところで、「普通地方公共団体の住民が、地方自治法第二四三条の二第一項によつて、その地方公共団体の監査委員に対し、その監査方を請求できる事項は、同条項が詳しく定めるところであるが、これを要するに、その地方公共団体に属する一切の財産上の事務処理は、それが収入に関する支出に関するとを問わず、いやしくも違法、不当または無権限な事務処理であると認められる限りのすべての場合を含むものと解すべきであるから、原告らがした前記監査請求は、その理由の実質的有無は別として、一応同条項によつて、監査請求のできる事項についてなされたものであつたというべきである。(従つて、岐阜市監査委員が、この監査請求を、一概に、前記条項にいう監査事項にあたらない事項を目的とする不適法なものであるとして、排斥したのは、失当であつたものというべきである。)そして、原告らは、本訴において、被告のした本件免税措置が違法であるとし、同条第四項に基づき、この違法な措置によつて岐阜市が受けた損害の補てん方を被告に請求しているのであるから、本訴請求は、原告らが、すでに、岐阜市監査委員に対し、その監査方を請求したのと、請求の対象を同じくするというべきで、(なお、右監査請求では、現在の岐阜市長たる被告の責任を追及することが目的であつたのに対し、本訴請求では、その意味における被告の責任と、本件免税措置が講ぜられた当時の岐阜市助役としての被告の責任とが同時に追及せられているのであるが、これらが、いずれも、ひとしく、本件免税措置に関する被告の責任を追及していることには変わるところがないのであるから、以上のことをもつて、ただちに本訴についての前置要件である監査請求が欠けているものとすることはできない。また、原告らが、本件免税措置をもつて違法であると主張する理由については、右監査請求におけるそれと、本訴請求におけるそれとの間に、簡潔と詳細との差はあつても被告のいうような質的な相違点は、いささかもこれを認めることができないし、かりに、この理由について、原告らが本訴請求で主張するところに、監査請求におけるそれとは、別個、新規のものが含まれているとしても、このことは、本訴請求の前置要件充足の有無に何らの影響をももたらすものではない。)その前置要件を適法に充足しているものといわなければならない。

なお、被告の当事者適格に関する主張は、実は、当事者適格の存否には何の影響もない事項に関するそれであること、その主張自体に照らして明らかである。

以上の理由によつて、被告の本案前の主張は、いずれもその理由がないものというべきである。

(二)  本案についての判断

地方自治法第二四三条の二第四項に定める損害の補てん請求制度は普通地方公共団体の職員が、その地方公共団体に属する収入、支出その他の財産上の事務のうち、特定の事務を、自己の固有の職務権限に基づくものとして処理したのに、これが、結局、違法、不当または無権限であつたため、これによつて、当該地方公共団体が、積極、消極の損害を蒙つた場合、その事務を処理した当の職員をしてその損害補てんの責に任ぜしめるを目的とする制度であるから、右の職員が、自己の固有の職務権限に属するものとして、特定の事務を処理するに際し、単にこれを補佐ないし補助すべき地位にあつたもの、または、これを現に補佐ないし補助したに過ぎないもの、並びに、前記の職員が、自己固有の職務権限に属するものとして、特定の事務を処理したのち、後任者として、その地位を承継したに過ぎないもの(かりに、そのものが、前任者の違法、不当または無権限な事務処理について、承継後、何ら、これが是正、取消等の措置を講ずることもなく、事態をそのままに放置していたものとしても、このことをもつて、ただちに、違法な事務の処理ないしその履行と目すべきではない。)は、いずれも、同条項による損害補てんの責任を負担すべきいわれのないものである。換言すれば、かれらは、同条項にいわゆる当該職員に該当しないものと解すべきところ原告らの本訴請求は、要するに、本件免税措置が講ぜられた当時、被告が岐阜市助役の地位にあつたこと、または、その後、本件免税措置について、その是正、取消等の措置が充分講じ得られる同市市長の地位に就任したものであることを理由として、被告に、本件免税措置により、同市の受けた損害の補てん方を求めているものであること、その主張自体に徴して明らかであるから、結局、本訴は、本件免税措置について、その損害補てんの責に任ずべき何らのいわれもないものに対する請求として、排斥されるべきである。

よつて、その余の争点についての判断を進めるまでもなく、本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して、主文どおりの判決をする。

(裁判官 村本晃 林田益太郎 服部正明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例